WENさんのblog

Twitterでは伝えきれないことを書きます。閲覧は自己責任でお願いします。

死んだ祖父(長文注意)

大学である日、俺は全てを諦めかけたことがある

夢も、笑うのも、生きることでさえ

その日の夜、眠れなくて何気なく空を見た

そういえば、リンは星が好きだったな、なんて思いながら

この日の終わり、深夜0時を回ったらこの人生を終わらせるつもりでいた

だから、最後に見ておくのもいいかな、と

夏の大三角を見ては、あいつは「今年は織姫と彦星、会えたかな」なんて言っていた

今年はどうだろう、と自分の部屋から見た星空は

 

曇り

まったく、最後までいいこと一つもない

残念な人生だった

ラッキーストライクの箱に残っていた最後のタバコを咥え、火をつけようとライターを手に取る

そんな時、背中に気配を感じた

誰かが、背中合わせに座っているような、そんな感覚

この部屋には俺一人しかいない

しかし、明らかに誰かが俺の背後にいる

振り返ろうとした時、その誰かがこういった

『タバコなんて吸うようになったのか、見ないうちに大人になったもんだ』

嗅ぎなれた赤いマルボロの匂いとウィスキーの匂い

死んだおじいちゃんの匂い、そして声

ボケ防止だなんて言ってクロスワードやってたのにボケたおじいちゃん

「何しに来たんだよ、じいちゃん」

タバコをくわえたままで聞く

『何しにって、孫を見に来たんだよ』

彼はタバコを吸いながら答える

「それ、普通見られないようにするもんじゃないのか?」

と言いながら火をつけようとすると、彼は言った

『それ、火をつけたらお前は戻れなくなるぞ』

なんの話しをしている?戻れなくなる?

『お前、ロウソクの火がお前の寿命だ、なんて噺、知ってるか?それみたいなものだと思え』

まだ火もついてないんだが

『そうだ。火がつけばお前の死が始まり、タバコが消えればお前も消える』

何言ってんだ?

『試してみるか?』

「幽霊からそんな話されたら怖くて出来るかそんなこと」

ったく、死んだ後も嗜好品ばっかじゃねぇかあんた

『死んだ後は我慢なんてしなくていいからな、病も風邪もない』

とウィスキーグラスを傾けながら笑う

『ところで、お前さん、死のうと思ってただろ』

さらっと切り出す

『納得するまで生きろって言った約束、忘れたのか』

先にアンタが、一緒に酒を飲もうって約束を破ったんだろうが

『それもそうだ。じゃあ飲むか?』

と言いながら、俺の方に酒瓶を転がす

『ウィスキーがきれてしまってな、これしかないが、我慢してくれ、スピリタスだ』

馬鹿じゃねぇのかじいさん

『氷もないからストレートだな』

ひょっとして馬鹿だなじいさん

『グラスもないなぁ』

馬鹿だろジジィ

『なんだよつれないなぁ』

なんなんだこの人

『なんて言ったかな、あの子、リンちゃん、だっけ?』

思わずライターを落とす

「なんで知ってんだよ!」

『いやぁ、彼女が行きたいって言っていたんだがね?押しのけて来たんだけどな』

俺の質問に答えろ

『けどな、まだはやいと思ったんだよ、あの子の出番は』

無視か、孫の質問無視か

『お前さん、まだやりたいことあるんじゃないのか?』

・・・は?

『お前さんはこんなんで満足なのかって話をしてんだよ。誰がが発した「苦しい」とか「助けて」って言葉を、誰がすくい上げるんだ?この社会の喧騒の中から。お前さんがやりたいことは、その言葉をすくいあげる事じゃなかったのか?』

「じゃあ、俺の言葉は誰がすくいあげるんだよ」

と吐き捨てた言葉に彼は言った

『志を共にする仲間がいるじゃないか。お前さんは1人じゃないだろう?これからいろんな人と出会い、別れて生きていくだろう。今あった出来事だけで終わらそうとするな。これまであったこと、これからあること。それら全てを考えろ。生死を考えるのは、それからでも遅くないだろう?』

彼はそう言いながら酒を飲み干す

これまであったこと

これからあること

全てを天秤にかけて生死を考える

明らかに今悩んでいることは軽い

だとしたら、とくわえていたタバコを取り、折る

『あっなんてことをっ』

「だとしたらこんな小さなものを俺の死とか言ってんじゃねぇよ」

と言ってゴミ箱に捨てる

『あ、そうだ、伝言。リンちゃんから』

祖父から初恋の人の伝言を聞くなんてとても複雑な気分だが、聞こう

『近いうちに、会いに行くってさ』

・・・は?なんだって??

そう聞き返した時にはもう気配は感じなかった

まったく、勝手に出てきて勝手に消えていくんだから

「また死人に諭されたな・・・」

なんて呟きながら布団に入った