WENさんのblog

Twitterでは伝えきれないことを書きます。閲覧は自己責任でお願いします。

夢を駆ける

目を覚ますと電車の中だった

見慣れた車内に、自分しか座っていない座席

不自然な状況

ポケットの中に携帯がない

腕時計もしていない

車内アナウンスもなく

ただ電車の進む音だけが響いている

 

どこへ向かう電車だろうか

焦りと不安の中、電車は緩やかにブレーキをかけて駅に止まった

駅名も電車を待つ人の姿もない

立ち上がり、電車を降りてみる

駅のホームに出るのを見届けていたかのように電車は扉を閉めた

 

エスカレーターを登っている時も誰一人見かけなかった

何も情報はなかったが、駅の構造だけははっきりと見覚えがあった

 

階段を駆け上がり

駅を出て見える光景

もう開いてない店が開いていて

今は駐車場になっているはずの場所に建物がある

中学の時見たままの街並み

12年前のあの日なんだと

助けてという声を聞いておきながら

選択を迷って

受験を優先して

自分を取って

初恋の人を亡くした

あの日だと理解した

同時に、これは夢だということも理解した

 

でも俺は走っていた

もう、あの子のことは乗り越えたつもりだった

それでも身体は動いていた

夢だと認識していても

あの子の家の方角へ

 

夢でも構わない

もし、助けられるなら

あの子の笑顔をまた見れるなら

話したいこと話せるなら

探していた星、見れたよって伝えられるなら

 

ちゃんとお別れを言えるなら

それだけを考えて

夢を駆けていた

 

足が止まりそうなくらい痛い

着く前に目が覚めるかもしれない

だから止まるわけにはいかない

 

いつも集まっていた空き地に人影を見つける

大人の女性だった

少し下手くそな歌を口ずさんで立っていた

俺を見つけるとあの頃と変わらない笑顔でこう言った

『必死に走っちゃって、変わらないね、君は』

息を切らしながら俺も笑いながら答えた

「でも、強くなったよ」

お前のおかげで、良くも悪くもな

『知ってるよ、で?その強くなった人が必死にこんな所まで走ってきて、なんの用かな??』

とイタズラっぽく笑う

言いたいことはいっぱいある

話したいこともいっぱいある

伝えたいこともいっぱいある

でもそれら全ては時間も言葉も全然足りない

だから

「お礼と、お別れ、かな」

『・・・本当に強くなったね、君からその2つは出ないと思ってた』

「それは弱い云々というより非常識なんだよなぁ」

『私が居なくてももう大丈夫なの?』

急に胸が苦しくなる

あぁ、そういうことになる

もう会うことはなくなる

夢の中でも

「そうなるね」

『やだ』

・・・はい??

『勝手に大人になるな』

「わがままか」

『君が死ぬまで何もしないでじっと見てろっていうの?やだつまんない』

「えぇ・・・」

『これからは私が勝手に会いに行くからそのつもりで』

「怨霊かお前は」

『でも、お礼だけは受け取っとくね』

「あれひょっとしてこれ悪夢?」

悪夢なら覚めてくれ

『あ、伝え忘れるところだった』

「何?」

『私のことで後悔しないで。今日必死に走る君を見て、私は十分救われたから。いつまでも悔やまないで。君の選択は間違ってないから。歌も、声も届いてる。もっと心から笑っていいんだよ』

「それは・・・」

まだ後悔していたんだろうか

きっとしていたんだろう

「わかった」

『いつか聞かせてよ、君が心から笑い合える仲間のこと』

「そのうちな」

 

目を覚ますと自宅のベッドの上

覚えてるうちにずっと忘れていたあいつが好きで歌っていた曲を再生リストに突っ込みながら思った

『別に死者はお盆にしか帰ってこない訳じゃないらしい』と